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    kou.ta が書いた、何かの再利用だったりするショートノベルとかです。お暇な方はどうぞ。

 



[ 2008 / 12 / 13 ] update

 

  一頻り周囲の人間との思い出話が終了したほろ酔い状態で、同窓会の会場となっている料亭の座敷を見回した。髪型や皺の深さは違えど、自分の記憶を検索すれば、どの人物も誰なのかは判別した。もう僕らも三十を過ぎ、家庭を持っていてもおかしくないような歳になってしまった。僕自身はというものの、気の合う女性と関係を築く事はあっても、気まずくなったら一方的に終止符を打つという、男としては大変だらしの無い生活を送ってきた。
 不意に一人の人物を見つけ、目が合った訳でもないのに視線を逸らす。僕と同じ美術部だった須賀は、長く伸ばしていた髪はセミロングでまとまり、大人らしくもあの頃のあどけなさがあった。
 ため息をつきながら、あの日を思い出す。僕がこの歳になっても独り身で居るのも、甲斐性の無い人間関係を築く事になったのも、それもこれもあの日、心の根深い部分に彼女に打ち付けられたあの呪いのせいだと、僕は思っている。

 二日間開催の文化祭の二日目。キャンプファイヤーと言う名の屋台の廃材処理大会を最後に、文化祭は終了した。別に期待していた訳でも無いが、最後の文化祭が何事も無く終わってしまった事が寂しくもあり、クラス展示が終わった教室で行われた打ち上げは異様な雰囲気に包まれていた。誰かが持ち込んだチューハイやビールが大量に消費され、窓から叫び声を挙げるものや、その場で眠り込んでしまうものも居た。
 しばらくして、騒ぎに気付いた教員が怒鳴り込んで来て、
「やべぇ! 逃げろっ!」
 という誰かの号砲と共に、皆は一目散に教室から逃げ出した。
「散れ!」
 廊下を走り、階段を上へ、下へ、各々が示し合わせた様に逃げる。
 僕は階段を上がり、廊下へ飛び出すと、そこにあたふたとしている須賀の姿があった。下の階に居る教師の怒鳴り声が耳に入り、僕は須賀の手を取って走り出した。須賀は少し戸惑いながらも、クスクス笑いながら手を握り返してきた。僕もおかしくなって、笑いながら廊下を走った。
 一番奥の美術室に逃げ込む。見慣れた室内には木や絵の具の独特の匂いが充満していて、窓から差し込む月光が九つの大きな木の作業台を照らしていた。僕らはその一つの裏に隠れる様にしゃがみ込み、息を潜めながら笑いを堪えていた。しばらくして教師の声も聴こえなくなり、月明かりに照らされた須賀の横顔を見て、息が止まりそうになった。特に意識していた訳でも無いが、クラスの間でも人気のある類いに分類されている須賀が、横に居る。
 時計の針の音を聴きながら、今度は心を落ち着かせようとしていると、
「ねぇ、キスしようか」
 不意に声が聴こえ、隣を見る。
 疑問系でも無く、同意を求めている風でもなく、まるで天気の話でもしているように彼女は言った。僕は彼女の顔を見たまま、その言葉を理解するのに数秒を要した。その理解がようやく完了した時には、艶のあるピンク色の唇がこちらに近づいてきていて、僕の唇に重ね、そっと離れた。
「さっき助けてくれたお礼、だからね」
 そう言うと須賀は、そのまま美術室から出て行った。
 僕はしばらく動く事ができず、酔いが醒めるまでその場に座っていた。
 それから卒業まで、僕は変に意識してしまい、教室でも部室でも、顔を合わせても話しかける事すらできず視線を逸らし、卒業後も今日まで僕と彼女が顔を合わす事は一度も無かった。
 それが、僕がかけられた呪いだった。

 やがて同窓会はお開きになり、最寄り駅までの道を皆で歩いていた。
 放課後にぞろぞろと帰り道を歩いているようだなと思った時、
『ゲーセン寄ってこうぜ』『あそこのアイスクリーム、今度の日曜に食べに行こうよ』
 昔の声が聴こえ、僕は立ち止まる。
 誰かが隣に居る事に気付いた。
「あの事、覚えてる?」
 声が聴こえ、横を向く。
 制服を着たあの頃の須賀が、こちらを見ていた。
「何の事?」
 なんて恍けて聞き返したつもりだったが、果たして動揺を隠しきれていたかどうか。
「ひどいなぁ。高三の文化祭の時だって!」
「ああ、何となく憶えてるよ」
 嘘だ。
 本当は、全て鮮明に憶えている。
 美術室の独特の匂いも、
 窓から漏れる光に照らされた須賀の横顔も、
 唇の柔らかさも。
「実は、あの時ね」
 彼女の顔が僕に近づく。
「私、ファーストキスだったの」
 耳元にそっと囁き、あの頃と変わらない小悪魔のような笑みを僕に見せつけ、そして、小走りで少し前の集団に交じっていった。
 当然、須賀は制服を着ていた訳でも無く、僕の一瞬の錯覚だった。
 けれど、今になってあの頃の恥ずかしさが心の中を駆け巡り、顔の表層が徐々に熱を帯びていくのを感じた。誰かに囃されても酔いのせいにしておこうと、心地良い夜風に当たりながら思う。
 十五年が過ぎて、それでも大して成長が見られない僕。
 残り少ない、駅までの道のり。
 どうするべきなのか、迷っていた。
 あの頃と同じ色の風が吹いた。